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二 - 5
    今朝見た通りの餅が、今朝見た通りの色で椀の底に膠着(こうちゃく)している。白状するが餅というものは今まで一辺(ぺん)も口に入れた事がない。見るとうまそうにもあるし、また少しは気味(きび)がわるくもある。前足で上にかかっている菜っ葉を掻(か)き寄せる。爪を見ると餅の上皮(うわかわ)が引き掛ってねばねばする。嗅(か)いで見ると釜の底の飯を御櫃(おはち)へ移す時のような香(におい)がする。食おうかな、やめようかな、とあたりを見廻す。幸か不幸か誰もいない。御三(おさん)は暮も春も同じような顔をして羽根をついている。小供は奥座敷で「何とおっしゃる兎さん」を歌っている。食うとすれば今だ。もしこの機をはずすと来年までは餅というものの味を知らずに暮してしまわねばならぬ。吾輩はこの刹那(せつな)に猫ながら一の真理を感得した。「得難き機会はすべての動物をして、好まざる事をも敢てせしむ」吾輩は実を云うとそんなに雑煮を食いたくはないのである。否椀底(わんてい)の様子を熟視すればするほど気味(きび)が悪くなって、食うのが厭になったのである。この時もし御三でも勝手口を開けたなら、奥の小供の足音がこちらへ近付くのを聞き得たなら、吾輩は惜気(おしげ)もなく椀を見棄てたろう、しかも雑煮の事は来年まで念頭に浮ばなかったろう。ところが誰も来ない、いくら蹰躇(ちゅうちょ)していても誰も来ない。早く食わぬか食わぬかと催促されるような心持がする。吾輩は椀の中を覗(のぞ)き込みながら、早く誰か来てくれればいいと念じた。やはり誰も来てくれない。吾輩はとうとう雑煮を食わなければならぬ。最後にからだ全体の重量を椀の底へ落すようにして、あぐりと餅の角を一寸(いっすん)ばかり食い込んだ。このくらい力を込めて食い付いたのだから、大抵なものなら噛(か)み切れる訳だが、驚いた!もうよかろうと思って歯を引こうとすると引けない。もう一辺(ぺん)噛み直そうとすると動きがとれない。餅は魔物だなと疳(かん)づいた時はすでに遅かった。沼へでも落ちた人が足を抜こうと焦慮(あせ)るたびにぶくぶく深く沈むように、噛めば噛むほど口が重くなる、歯が動かなくなる。歯答えはあるが、歯答えがあるだけでどうしても始末をつける事が出来ない。美学者迷亭先生がかつて吾輩の主人を評して君は割り切れない男だといった事があるが、なるほどうまい事をいったものだ。この餅も主人と同じようにどうしても割り切れない。噛んでも噛んでも、三で十を割るごとく尽未来際方(じんみらいざいかた)のつく期(ご)はあるまいと思われた。この煩悶(はんもん)の際吾輩は覚えず第二の真理に逢着(ほうちゃく)した。「すべての動物は直覚的に事物の適不適を予知す」真理はすでに二つまで発明したが、餅がくっ付いているので毫(ごう)も愉快を感じない。歯が餅の肉に吸収されて、抜けるように痛い。早く食い切って逃げないと御三(おさん)が来る。小供の唱歌もやんだようだ、きっと台所へ馳(か)け出して来るに相違ない。煩悶の極(きょく)尻尾(しっぽ)をぐるぐる振って見たが何等の功能もない、耳を立てたり寝かしたりしたが駄目である。考えて見ると耳と尻尾(しっぽ)は餅と何等の関係もない。要するに振り損の、立て損の、寝かし損であると気が付いたからやめにした。ようやくの事これは前足の助けを借りて餅を払い落すに限ると考え付いた。まず右の方をあげて口の周囲を撫(な)で廻す。撫(な)でたくらいで割り切れる訳のものではない。今度は左(ひだ)りの方を伸(のば)して口を中心として急劇に円を劃(かく)して見る。そんな呪(ま
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