二 - 8
知名の学者が名前を列(つら)ねている中に姓名だけでも入籍させるのは、今までこんな事に出合った事のない主人にとっては無上の光栄であるから返事の勢のあるのも無理はない。「ちょっと失敬」と主人は書斎へ印をとりに這入る。吾輩はぼたりと畳の上へ落ちる。東風子は菓子皿の中のカステラをつまんで一口に頬張(ほおば)る。モゴモゴしばらくは苦しそうである。吾輩は今朝の雑煮(ぞうに)事件をちょっと思い出す。主人が書斎から印形(いんぎょう)を持って出て来た時は、東風子の胃の中にカステラが落ちついた時であった。主人は菓子皿のカステラが一切(ひときれ)足りなくなった事には気が着かぬらしい。もし気がつくとすれば第一に疑われるものは吾輩であろう。
東風子が帰ってから、主人が書斎に入って机の上を見ると、いつの間(ま)にか迷亭先生の手紙が来ている。