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七 - 5
    天水桶はこのくらいにして、白い湯の方を見るとこれはまた非常な大入(おおいり)で、湯の中に人が這入(はい)ってると云わんより人の中に湯が這入ってると云う方が適当である。しかも彼等はすこぶる悠々閑々(ゆうゆうかんかん)たる物で、先刻(さっき)から這入るものはあるが出る物は一人もない。こう這入った上に、一週間もとめておいたら湯もよごれるはずだと感心してなおよく槽(おけ)の中を見渡すと、左の隅に圧(お)しつけられて苦沙弥先生が真赤(まっか)になってすくんでいる。可哀(かわい)そうに誰か路をあけて出してやればいいのにと思うのに誰も動きそうにもしなければ、主人も出ようとする気色(けしき)も見せない。ただじっとして赤くなっているばかりである。これはご苦労な事だ。なるべく二銭五厘の湯銭を活用しようと云う精神からして、かように赤くなるのだろうが、早く上がらんと湯気(ゆけ)にあがるがと主思(しゅうおも)いの吾輩は窓の棚(たな)から少なからず心配した。すると主人の一軒置いて隣りに浮いてる男が八の字を寄せながら「これはちと利(き)き過ぎるようだ、どうも背中(せなか)の方から熱い奴がじりじり湧(わ)いてくる」と暗に列席の化物に同情を求めた。「なあにこれがちょうどいい加減です。薬湯はこのくらいでないと利(き)きません。わたしの国なぞではこの倍も熱い湯へ這入ります」と自慢らしく説き立てるものがある。「一体この湯は何に利くんでしょう」と手拭を畳(たた)んで凸凹頭(でこぼこあたま)をかくした男が一同に聞いて見る。「いろいろなものに利きますよ。何でもいいてえんだからね。豪気(ごうぎ)だあね」と云ったのは瘠(や)せた黄瓜(きゅうり)のような色と形とを兼ね得たる顔の所有者である。そんなに利く湯なら、もう少しは丈夫そうになれそうなものだ。「薬を入れ立てより、三日目か四日目がちょうどいいようです。今日等(きょうなど)は這入り頃ですよ」と物知り顔に述べたのを見ると、膨(ふく)れ返った男である。これは多分垢肥(あかぶと)りだろう。「飲んでも利きましょうか」とどこからか知らないが黄色い声を出す者がある。「冷(ひ)えた後(あと)などは一杯飲んで寝ると、奇体(きたい)に小便に起きないから、まあやって御覧なさい」と答えたのは、どの顔から出た声か分らない。

    湯槽(ゆぶね)の方はこれぐらいにして板間(いたま)を見渡すと、いるわいるわ絵にもならないアダムがずらりと並んで各(おのおの)勝手次第な姿勢で、勝手次第なところを洗っている。その中にもっとも驚ろくべきのは仰向(あおむ)けに寝て、高い明(あ)かり取(とり)を眺(なが)めているのと、腹這(はらば)いになって、溝(みぞ)の中を覗(のぞ)き込んでいる両アダムである。これはよほど閑(ひま)なアダムと見える。坊主が石壁を向いてしゃがんでいると後(うし)ろから、小坊主がしきりに肩を叩(たた)いている。これは師弟の関係上三介(さんすけ)の代理を務(つと)めるのであろう。本当の三介もいる。風邪(かぜ)を引いたと見えて、このあついのにちゃんちゃんを着て、小判形(こばんなり)の桶(おけ)からざあと旦那の肩へ湯をあびせる。右の足を見ると親指の股に呉絽(ごろ)の垢擦(あかす)りを挟(はさ)んでいる。こちらの方では小桶(こおけ)を慾張って三つ抱え込んだ男が、隣りの人に石鹸(シャボン)を使え使えと云いながらしきりに長談議をしている。何だろうと聞いて見るとこんな事を言っていた。「鉄砲は外国から渡ったもんだね。昔は斬り合いばかりさ。外国は卑怯だからね、それであんな
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