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八 - 3
とく、下宿屋の牛鍋(ぎゅうなべ)が馬肉であるごとくインスピレーションも実は逆上である。逆上であって見れば臨時の気違である。巣鴨へ入院せずに済むのは単に臨時気違であるからだ。ところがこの臨時の気違を製造する事が困難なのである。一生涯(いっしょうがい)の狂人はかえって出来安いが、筆を執(と)って紙に向う間(あいだ)だけ気違にするのは、いかに巧者(こうしゃ)な神様でもよほど骨が折れると見えて、なかなか拵(こしら)えて見せない。神が作ってくれん以上は自力で拵えなければならん。そこで昔から今日(こんにち)まで逆上術もまた逆上とりのけ術と同じく大(おおい)に学者の頭脳を悩ました。ある人はインスピレーションを得るために毎日渋柿を十二個ずつ食った。これは渋柿を食えば便秘する、便秘すれば逆上は必ず起るという理論から来たものだ。またある人はかん徳利を持って鉄砲風呂(てっぽうぶろ)へ飛び込んだ。湯の中で酒を飲んだら逆上するに極(きま)っていると考えたのである。その人の説によるとこれで成功しなければ葡萄酒(ぶどうしゅ)の湯をわかして這入(はい)れば一返(ぺん)で功能があると信じ切っている。しかし金がないのでついに実行する事が出来なくて死んでしまったのは気の毒である。最後に古人の真似をしたらインスピレーションが起るだろうと思いついた者がある。これはある人の態度動作を真似ると心的状態もその人に似てくると云う学説を応用したのである。酔っぱらいのように管(くだ)を捲(ま)いていると、いつの間(ま)にか酒飲みのような心持になる、坐禅をして線香一本の間我慢しているとどことなく坊主らしい気分になれる。だから昔からインスピレーションを受けた有名の大家の所作(しょさ)を真似れば必ず逆上するに相違ない。聞くところによればユーゴーは快走船(ヨット)の上へ寝転(ねころ)んで文章の趣向を考えたそうだから、船へ乗って青空を見つめていれば必ず逆上受合(うけあい)である。スチーヴンソンは腹這(はらばい)に寝て小説を書いたそうだから、打(う)つ伏(ぷ)しになって筆を持てばきっと血が逆(さ)かさに上(のぼ)ってくる。かようにいろいろな人がいろいろの事を考え出したが、まだ誰も成功しない。まず今日(こんにち)のところでは人為的逆上は不可能の事となっている。残念だが致し方がない。早晩随意にインスピレーションを起し得る時機の到来するは疑(うたがい)もない事で、吾輩は人文のためにこの時機の一日も早く来らん事を切望するのである。
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