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八 - 4
甲羅つきではどうする事も出来ん。海老(えび)の鬼殻焼(おにがらやき)はあるが亀の子の甲羅煮は今でさえないくらいだから、当時は無論なかったに極っている。さすがの鷲(わし)も少々持て余した折柄(おりから)、遥(はる)かの下界にぴかと光った者がある。その時鷲はしめたと思った。あの光ったものの上へ亀の子を落したなら、甲羅は正(まさ)しく砕けるに極(き)わまった。砕けたあとから舞い下りて中味(なかみ)を頂戴(ちょうだい)すれば訳はない。そうだそうだと覗(ねらい)を定めて、かの亀の子を高い所から挨拶も無く頭の上へ落した。生憎(あいにく)作家の頭の方が亀の甲より軟らかであったものだから、禿はめちゃめちゃに砕けて有名なるイスキラスはここに無惨(むざん)の最後を遂げた。それはそうと、解(げ)しかねるのは鷲の了見である。例の頭を、作家の頭と知って落したのか、または禿岩と間違えて落したものか、解決しよう次第で、落雲館の敵とこの鷲とを比較する事も出来るし、また出来なくもなる。主人の頭はイスキラスのそれのごとく、また御歴々(おれきれき)の学者のごとくぴかぴか光ってはおらん。しかし六畳敷にせよいやしくも書斎と号する一室を控(ひか)えて、居眠りをしながらも、むずかしい書物の上へ顔を翳(かざ)す以上は、学者作家の同類と見傚(みな)さなければならん。そうすると主人の頭の禿げておらんのは、まだ禿げるべき資格がないからで、その内に禿げるだろうとは近々(きんきん)この頭の上に落ちかかるべき運命であろう。して見れば落雲館の生徒がこの頭を目懸けて例のダムダム丸(がん)を集注するのは策のもっとも時宜(じぎ)に適したものと云わねばならん。もし敵がこの行動を二週間継続するならば、主人の頭は畏怖(いふ)と煩悶(はんもん)のため必ず営養の不足を訴えて、金柑(きんかん)とも薬缶(やかん)とも銅壺(どうこ)とも変化するだろう。なお二週間の砲撃を食(くら)えば金柑は潰(つぶ)れるに相違ない。薬缶は洩(も)るに相違ない。銅壺ならひびが入るにきまっている。この睹易(みやす)き結果を予想せんで、あくまでも敵と戦闘を継続しようと苦心するのは、ただ本人たる苦沙弥先生のみである。
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