十 - 15
、しかも自分の監督する生徒が何のために今頃やって来たのか頓(とん)と推諒(すいりょう)出来ない。元来不人望な主人の事だから、学校の生徒などは正月だろうが暮だろうがほとんど寄りついた事がない。寄りついたのは古井武右衛門君をもって嚆矢(こうし)とするくらいな珍客であるが、その来訪の主意がわからんには主人も大(おおい)に閉口しているらしい。こんな面白くない人の家(うち)へただ遊びにくる訳もなかろうし、また辞職勧告ならもう少し昂然(こうぜん)と構え込みそうだし、と云って武右衛門君などが一身上の用事相談があるはずがないし、どっちから、どう考えても主人には分らない。武右衛門君の様子を見るとあるいは本人自身にすら何で、ここまで参ったのか判然しないかも知れない。仕方がないから主人からとうとう表向に聞き出した。