十 - 18
衛門君の哀願に冷淡であるごとく、寒月君の探検にも冷淡である。
この時まで黙然(もくねん)として虎の話を羨(うらや)ましそうに聞いていた武右衛門君は主人の「そうさな」で再び自分の身の上を思い出したと見えて、「先生、僕は心配なんですが、どうしたらいいでしょう」とまた聞き返す。寒月君は不審な顔をしてこの大きな頭を見た。吾輩は思う仔細(しさい)あってちょっと失敬して茶の間へ廻る。
茶の間では細君がくすくす笑いながら、京焼の安茶碗に番茶を浪々(なみなみ)と注(つ)いで、アンチモニーの茶托(ちゃたく)の上へ載せて、
「雪江さん、憚(はばか)りさま、これを出して来て下さい」
「わたし、いやよ」
「どうして」と細君は少々驚ろいた体(てい)で笑いをはたと留める。
「どうしてでも」と雪江さんはやにすました顔を即席にこしらえて、傍(そば)にあった読売新聞の上にのしかかるように眼を落した。細君はもう一応協商(きょうしょう)を始める。