十一 - 23
な返事をする。
「そいつはおめでたい話だ。だからどんな娘を持っても心配するがものはないんだよ。だれか貰うと、さっき僕が云った通り、ちゃんとこんな立派な紳士の御聟(むこ)さんが出来たじゃないか。東風君新体詩の種が出来た。早速とりかかりたまえ」と迷亭君が例のごとく調子づくと三平君は
「あなたが東風君ですか、結婚の時に何か作ってくれませんか。すぐ活版にして方々へくばります。太陽へも出してもらいます」
「ええ何か作りましょう、いつ頃(ごろ)御入用(にゅうよう)ですか」
「いつでもいいです。今まで作ったうちでもいいです。その代りです。披露(ひろう)のとき呼んで御馳走(ごちそう)するです。シャンパンを飲ませるです。君シャンパンを飲んだ事がありますか。シャンパンは旨(うま)いです。――先生披露会のときに楽隊を呼ぶつもりですが、東風君の作を譜にして奏したらどうでしょう」
「勝手にするがいい」
「先生、譜にして下さらんか」
「馬鹿云え」
「だれか、このうちに音楽の出来るものはおらんですか」
「落第の候補者寒月君はヴァイオリンの妙手だよ。しっかり頼んで見たまえ。しかしシャンパンくらいじゃ承知しそうもない男だ」
「シャンパンもですね。一瓶(ひとびん)四円や五円のじゃよくないです。私の御馳走するのはそんな安いのじゃないですが、君一つ譜を作ってくれませんか」
「ええ作りますとも、一瓶二十銭のシャンパンでも作ります。なんならただでも作ります」
「ただは頼みません、御礼はするです。シャンパンがいやなら、こう云う御礼はどうです」と云いながら上着の隠袋(かくし)のなかから七八枚の写真を出してばらばらと畳の上へ落す。半身がある。全身がある。立ってるのがある。坐ってるのがある。袴(はかま)を穿(は)いてるがある。振袖(ふりそで)がある。高島田がある。ことごとく妙齢の女子ばかりである。
「先生候補者がこれだけあるです。寒月君と東風君にこのうちどれか御礼に周旋してもいいです。こりゃどうです」と一枚寒月君につき付ける。