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二 - 7
    家(うち)へ帰ると座敷の中が、いつになく春めいて主人の笑い声さえ陽気に聞える。はてなと明け放した椽側から上(あが)って主人の傍(そば)へ寄って見ると見馴れぬ客が来ている。頭を奇麗に分けて、木綿(もめん)の紋付の羽織に小倉(こくら)の袴(はかま)を着けて至極(しごく)真面目そうな書生体(しょせいてい)の男である。主人の手あぶりの角を見ると春慶塗(しゅんけいぬ)りの巻煙草(まきたばこ)入れと並んで越智東風君(おちとうふうくん)を紹介致候(そろ)水島寒月という名刺があるので、この客の名前も、寒月君の友人であるという事も知れた。主客(しゅかく)の対話は途中からであるから前後がよく分らんが、何でも吾輩が前回に紹介した美学者迷亭君の事に関しているらしい。

    「それで面白い趣向があるから是非いっしょに来いとおっしゃるので」と客は落ちついて云う。「何ですか、その西洋料理へ行って午飯(ひるめし)を食うのについて趣向があるというのですか」と主人は茶を続(つ)ぎ足して客の前へ押しやる。「さあ、その趣向というのが、その時は私にも分らなかったんですが、いずれあの方(かた)の事ですから、何か面白い種があるのだろうと思いまして……」「いっしょに行きましたか、なるほど」「ところが驚いたのです」主人はそれ見たかと云わぬばかりに、膝(ひざ)の上に乗った吾輩の頭をぽかと叩(たた)く。少し痛い。「また馬鹿な茶番見たような事なんでしょう。あの男はあれが癖でね」と急にアンドレア·デル·サルト事件を思い出す。「へへー。君何か変ったものを食おうじゃないかとおっしゃるので」「何を食いました」「まず献立(こんだて)を見ながらいろいろ料理についての御話しがありました」「誂(あつ)らえない前にですか」「ええ」「それから」「それから首を捻(ひね)ってボイの方を御覧になって、どうも変ったものもないようだなとおっしゃるとボイは負けぬ気で鴨(かも)のロースか小牛のチャップなどは如何(いかが)ですと云うと、先生は、そんな月並(つきなみ)を食いにわざわざここまで来やしないとおっしゃるんで、ボイは月並という意味が分らんものですから妙な顔をして黙っていましたよ」「そうでしょう」「それから私の方を御向きになって、君仏蘭西(フランス)や英吉利(イギリス)へ行くと随分天明調(てんめいちょう)や万葉調(まんようちょう)が食えるんだが、日本じゃどこへ行ったって版で圧(お)したようで、どうも西洋料理へ這入(はい)る気がしないと云うような大気 (だいきえん)で――全体あの方(かた)は洋行なすった事があるのですかな」「何迷亭が洋行なんかするもんですか、そりゃ金もあり、時もあり、行こうと思えばいつでも行かれるんですがね。大方これから行くつもりのところを、過去に見立てた洒落(しゃれ)なんでしょう」と主人は自分ながらうまい事を言ったつもりで誘い出し笑をする。客はさまで感服した様子もない。「そうですか、私はまたいつの間(ま)に洋行なさったかと思って、つい真面目に拝聴していました。それに見て来たようになめくじのソップの御話や蛙(かえる)のシチュの形容をなさるものですから」「そりゃ誰かに聞いたんでしょう、うそをつく事はなかなか名人ですからね」「どうもそうのようで」と花瓶(かびん)の水仙を眺める。少しく残念の気色(けしき)にも取られる。「じゃ趣向というのは、それなんですね」と主人が念を押す。「いえそれはほんの冒頭なので、本論はこれからなのです」「ふーん」と主人は好奇的な感投詞を挟(はさ)む。「それから、とてもなめくじや蛙は食お
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