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九 - 13
巣鴨の病院に起居している。迷亭の記述が棒大のざれ言にもせよ、彼が瘋癲院(ふうてんいん)中に盛名を擅(ほしい)ままにして天道の主宰をもって自(みずか)ら任ずるは恐らく事実であろう。こう云う自分もことによると少々ござっているかも知れない。同気相求め、同類相集まると云うから、気狂の説に感服する以上は――少なくともその文章言辞に同情を表する以上は――自分もまた気狂に縁の近い者であるだろう。よし同型中に鋳化(ちゅうか)せられんでも軒を比(なら)べて狂人と隣り合せに居(きょ)を卜(ぼく)するとすれば、境の壁を一重打ち抜いていつの間(ま)にか同室内に膝を突き合せて談笑する事がないとも限らん。こいつは大変だ。なるほど考えて見るとこのほどじゅうから自分の脳の作用は我ながら驚くくらい奇上(きじょう)に妙(みょう)を点じ変傍(へんぼう)に珍(ちん)を添えている。脳漿一勺(のうしょういっせき)の化学的変化はとにかく意志の動いて行為となるところ、発して言辞と化する辺(あたり)には不思議にも中庸を失した点が多い。舌上(ぜつじょう)に竜泉(りゅうせん)なく、腋下(えきか)に清風(せいふう)を生(しょう)ぜざるも、歯根(しこん)に狂臭(きょうしゅう)あり、筋頭(きんとう)に瘋味(ふうみ)あるをいかんせん。いよいよ大変だ。ことによるともうすでに立派な患者になっているのではないかしらん。まだ幸(さいわい)に人を傷(きずつ)けたり、世間の邪魔になる事をし出かさんからやはり町内を追払われずに、東京市民として存在しているのではなかろうか。こいつは消極の積極のと云う段じゃない。まず脈搏(みゃくはく)からして検査しなくてはならん。しかし脈には変りはないようだ。頭は熱いかしらん。これも別に逆上の気味でもない。しかしどうも心配だ。」
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