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九 - 14
は聞かんでもいい。ともかくも心得ている。人間の膝(ひざ)の上へ乗って眠っているうちに、吾輩は吾輩の柔かな毛衣(けごろも)をそっと人間の腹にこすり付ける。すると一道の電気が起って彼の腹の中のいきさつが手にとるように吾輩の心眼に映ずる。せんだってなどは主人がやさしく吾輩の頭を撫(な)で廻しながら、突然この猫の皮を剥(は)いでちゃんちゃんにしたらさぞあたたかでよかろうと飛んでもない了見(りょうけん)をむらむらと起したのを即座に気取(けど)って覚えずひやっとした事さえある。怖(こわ)い事だ。当夜主人の頭のなかに起った以上の思想もそんな訳合(わけあい)で幸(さいわい)にも諸君にご報道する事が出来るように相成ったのは吾輩の大(おおい)に栄誉とするところである。但(ただ)し主人は「何が何だか分らなくなった」まで考えてそのあとはぐうぐう寝てしまったのである、あすになれば何をどこまで考えたかまるで忘れてしまうに違ない。向後(こうご)もし主人が気狂(きちがい)について考える事があるとすれば、もう一返(ぺん)出直して頭から考え始めなければならぬ。そうすると果してこんな径路(けいろ)を取って、こんな風に「何が何だか分らなくなる」かどうだか保証出来ない。しかし何返考え直しても、何条(なんじょう)の径路をとって進もうとも、ついに「何が何だか分らなくなる」だけはたしかである。
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