十一 - 2
節の上に注いでいると、寒月君はやがて口を開いた。
「実は四日ばかり前に国から帰って来たのですが、いろいろ用事があって、方々馳(か)けあるいていたものですから、つい上がられなかったのです」
「そう急いでくるには及ばないさ」と主人は例のごとく無愛嬌(ぶあいきょう)な事を云う。
「急いで来んでもいいのですけれども、このおみやげを早く献上(けんじょう)しないと心配ですから」
「鰹節じゃないか」
「ええ、国の名産です」
「名産だって東京にもそんなのは有りそうだぜ」と主人は一番大きな奴を一本取り上げて、鼻の先へ持って行って臭(にお)いをかいで見る。
「かいだって、鰹節の善悪(よしあし)はわかりませんよ」
「少し大きいのが名産たる所以(ゆえん)かね」
「まあ食べて御覧なさい」
「食べる事はどうせ食べるが、こいつは何だか先が欠けてるじゃないか」
「それだから早く持って来ないと心配だと云うのです」
「なぜ?」
「なぜって、そりゃ鼠(ねずみ)が食ったのです」
「そいつは危険だ。滅多(めった)に食うとペストになるぜ」
「なに大丈夫、そのくらいかじったって害はありません」
「全体どこで噛(かじ)ったんだい」
「船の中でです」
「船の中?どうして」